2009年 10月 01日
堕ちた偶像
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《メモリアル・デーのパレード》
Oakwood, Oh USA

以前に恋の報復という記事の中で、痘痕 (あばた) も笑窪 (えくぼ)、 というようなことを書いたことがある。そのときは男女間の恋愛関係を述べていたのだけれど、考えてみると別に男女間と限らなくても人間関係でもよくあることだし、複数の、たとえば国民性と呼ばれるようなことでも同じことが言えるんじゃないか、と最近思うようになった。

二十代の後半までを日本で暮らしながら、僕は周囲の人達とどうもうまく歯車がかみ合わないことに気がついていた。その理由は、なんでも直截的に、日本語特有の紆余曲折を省いて表現をする僕の言葉に、傷つけられたり気分を害したりする人が多かった。No と言いたいときに一応最初は Yes と言っておいて、それから徐々に No に変えてゆく、というような日本式のテクニックを僕は知らないわけではなかったのに、そういう面倒なことを演出する必要性をまったく認めていなかったようだ。言葉は心情の露出だと信じていた僕は、明らかに心にも無いことを平気で口にする人達を軽蔑した。しかも、相手から僕に向かって発せられた言葉のどこまでが本意で、どこからが儀礼なのかを、自分の中で何度も反芻して推測したり訂正しなければならないメンタルゲームに、僕は疲れきってしまった。
僕が尊敬していたある先輩が、
「お前さんはちょっと見にはハナからケタが外れているように見えながら、実は心底では決して一線を超えていない。そこがお前さんのいいところだ。親しいやつにはそれが分かるけど、普通の人から見れば礼儀知らずで傍若無人で鼻持ちならないとレッテルを貼られてしまうんだ。お前さんのようなのはきっとアメリカが性に合ってるよ」 とアメリカでの商社勤めが長かったその人が言ったことがあった。僕がアメリカに行くことを決心したのにはいろいろな理由があったけれど、その先輩の言葉がいつも自分の頭の中の引き出しにしまってあったのは確かだ。 

そしてアメリカ。
No がそのまま受け入れられる国。敬語の無い国。曖昧な言いまわしのできない言葉を持つ国。迷惑にさえならなければ、何を言っても何をしても気にされない国。感情がそのまま顔に表れる人たちの国。煩雑な慣習や制度の元になる古い伝統を持たない国。
そのアメリカに住むようになって、僕は心からホッとした。そしてアメリカ人の、単純と言っていいくらいのストレートさや陽気さを僕は愛した。ここではもう「礼儀知らずで傍若無人で鼻持ちならない」と思われる事もなかったし、人の口から出てくる言葉の裏を読む必要も無かった。
僕はアメリカで、水に放たれた魚のように生き生きとしていた。

それから何十年もアメリカに住み続けてきた僕に、いつごろから異変が起きたのだろう? そんなに古くはない。ここ数年来の事だと思う。アメリカ人の徹底した個人主義や深みのない即物的なものの見方にうんざりとさせられるようになってきたのは。それと同時に、時々帰る日本で経験する、周りの人たちのちょっとした思いやりとか細かい気配りなどに、(ああ、やっぱり日本はいいなあ)と思い始めるようになった。
結局のところ自分は日本人だったのか? 日本を棄てて、その棄てた日本へまた還って行くのに僕はこれだけの長い年月を必要としたのだろうか? (続く)



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by september30 | 2009-10-01 23:07 | 過ぎて行くこと


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